2013年11月05日

イプシロンロケット初号機に思いを寄せて

2013年8月27日、イプシロンロケット試験機の打ち上げを取材するため、一日宇宙記者の高校生たちとともに、私は鹿児島県肝付町にいました。

27日早朝、まだ暗いうちに宿を出発。およそ1時間後、JAXA内之浦宇宙空間観測所のプレスセンターに到着すると、そこには使命感と期待感が入り混じった張りつめた空気が流れていました。元気いっぱいの高校生記者たちも、センタ―の中では静かに待機していました。

センターの外に出ると、JAXA警備班のメンバーたちが集合していました。打ち上げ当日、発射台から半径2.1km内に住む周辺住民206名は、万一の事態に備えて避難しなければなりません。警備班は、その現場対応に当たりました。
警備班のひとりが、高校生記者に声をかけてきました。「ほんとはね、ロケット班を希望したんだよ。この通り体格がいいから、警備班にまわされちゃったよ。笑」
この会話をきっかけに、気持ちがほぐれた高校生記者は警備班への取材を敢行することができました。

その後、M台地からおよそ2km先にあるプレス見学席に移動。そこからは、駐車場をはさんで隣接する宮原一般見学席が一望できました。
打ち上げの瞬間を待つ大勢の人々、テントの下にはイプシロンの里弁当、イプシロンウォーター、ポロシャツやキャップなどのイプシロングッズを販売するさまざまな店が並び、お祭りのような賑わいでした。
ちなみに、この宮原見学場入場車両は事前抽選で決められており、350台の当選枠に対して全国から30倍近い9,469件の応募があったことで話題となりました。

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宮原一般見学場で打ち上げを待つ人々


打ち上げ直前まで、準備は順調に進みました。
−11時00分、ランチャーの旋回開始。
少しずつイプシロンロケットがその姿を現します。

−11時30分、ランチャー旋回完了。
双眼鏡を覗くと、「EPSILON」の文字が識別できます。投稿した応援メッセージが搭載された位置を思い出しながら、イプシロンロケットを感慨深く眺めました。

−12時00分、上空の風向きや風速を調べるバルーン放球。
放球されたバルーンは、風に流されることなくほぼ真上にあがりました。

−13時20分、最終GO判断。

−打ち上げ70秒前。
自動カウントダウンシーケンスの放送が場内に流れ、リフトオフへの期待が高まります。

−「3、2、1、0、-1、-2、-3…」
ゼロをカウントしたにもかかわらず、イプシロンロケットは微動だにしません。

エンジン部分から白煙があがっていません。この時点では、「何らかの理由で、打ち上げは中止となった」そのことだけが確かなことでした。

打ち上げ中止が決定的となった瞬間から、プレスによるJAXA広報班への囲み取材が始まりました。それまでのお祭りムードは一転。原因を確認しようとするプレスと、情報が錯綜する中で質問に精いっぱい応えようとする広報班のやりとりを目の当たりにして、高校生記者たちは圧倒されていました。ひとまず安全な場所に移動した後、「打ち上げを見ることができなかったのは残念だけど、囲み取材を見ることができたからよかった。」と感想をもらした子もいました。

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緊張したやりとりが続く囲み取材


宿に戻った後、さっそく紙面の編集会議を行いました。高校生記者たちの中には、打ち上げを見るまで家に帰りたくないという「記者魂」を見せる子もいましたが、その悔しい気持ち、そしてその根っこにある宇宙開発への憧れをベースにして、今回の取材を通して見たこと、聞いたこと、感じたことをありのままに記事にするという結論になりました。

こうして、熱く長い夏の一日が終わりました。

その後、9月14日にイプシロンロケット試験機は打ち上げに成功。搭載していた惑星分光観測衛星(SPRINT-A)は所定の軌道に投入され、「ひさき」と命名されました。
一日宇宙記者の高校生たちとともに、現地で打ち上げを見ることは叶いませんでしたが、打ち上げ延期の賢明な判断によってもたらされたその後の成功は、何ものにも代えがたい喜びでした。

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9月14日に無事に打ち上げられたイプシロンロケット試験機(JAXA/JOE NISHIZAWA提供)


高校生記者の渾身の記事は、下記サイトに公開されています。

JAXA宇宙教育センター「SPACE TIMES完成のお知らせ」
http://edu.jaxa.jp/news/20131025.html

日本宇宙フォーラム 広報・調査事業部
京田綾子
posted by 事務局スタッフ at 13:07| UNIVERSEニュース