2015年03月27日

ペンシルロケットと糸川英夫 (4)

4 ペンシルロケットの誕生

乏しい予算しかなかった東京大学と富士精密のロケットチームでしたが、手に入ったマカロニのような燃料をもとにして、多くの小型ロケットが試作され、その中から生まれたのが、直径1.8 cm、長さ23 cm、重さ200グラムのペンシルロケットです。

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ペンシル・ロケット


ペンシルロケット用のマカロニみたいな形と大きさの燃料は、「ダブルベース」(無煙火薬)と呼ばれるもので、ニトログリセリンとニトロセルロースを主成分とし、それに安定剤や硬化剤を適当に混入し、かきまぜこねまわして餅のようにしたものを圧伸機にかけて押し出す方式のものです。

ノーズ・コーンや尾翼の形状も決められました。尾翼は、矩形、三角翼等々を試した後、クリップトデルタ形が選ばれました。次いで空力中心(飛んでいる時に空気の力が働く中心)を測定し、ロケット重心と空力中心の距離を変化させて飛翔の安定性を調べました。重心を変える方法としては、ノーズコーン(突端部)の金属をアルミ、銅、鉄と3種類の材料を使いました。また、尾翼の取り付け角を変えて、機体をスピンさせたときの軌道を計測することにしました。

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ペンシルロケットを分解するとこんな部品からできている


1955年(昭和30年)2月末、糸川英夫は、国分寺駅前の新中央工業KK廃工場跡地の銃器試射用ピットを訪れました。JRを国分寺駅で下車し、北口の階段を降りて右に折れ、線路ぞいに新宿方向へしばらく行くと、早実学園の敷地があります。ここが、かつての新中央工業の敷地。その校庭の現在テニスコートになっている位置が、ペンシルロケットの最初のテストを行った場所なのです。

いくつかのコンクリートの建屋を見て回り、そのうちの一つに糸川が目をつけました。高速度カメラの電源を探し、幸い三相200ボルトの電源が見つかったのですが、使えるかどうか分かりません。再度調査することにして工場を後にしました、その試射場予定地の周囲に草の青い芽が顔を覗かせていました。

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見つかったペンシルロケット発射の候補地


このピットをロケット発射用に改造し、何回かのテスト発射をやり、次いで4月12日、関係官庁・報道関係者立ち会いのもとで、公開試射が実施されました。
posted by 事務局スタッフ at 21:41| ペンシルロケットと糸川英夫