2015年03月27日

ペンシルロケットと糸川英夫 (5)

5 国分寺のペンシル水平発射 ─ 日本の宇宙開発の幕開け

当時成熟したレーダーの技術がない中で、他の人々が「まずはレーダーを作る方が先決ではないか」と主張する中で、「水平に発射してでもロケットの飛び方を一刻も早く調べたい」という糸川英夫の強い欲求に沿って、チームが知恵を寄せ合って作り上げた苦心の装置が工夫されました。

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国分寺におけるペンシルの実験装置


面白いのは、この時の糸川です。水平発射実験をリードした彼は、「総指揮」と書いた腕章を腕に巻き、発射の時は「日本最初のコントロールセンター」と呼んだ装置の前に座っていました。裸電球がいくつかあります。ランチャー班、ロケット班、オッシログラフ班、……それぞれの班の準備が完了すると一つずつ電球が点灯され、すべてが整ったら一番端のひときわ大きな電球が灯されました。

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国分寺の糸川の秒読み


糸川のカウントダウンが厳かに始まります。「5、4、3、2、1、ゼロ!」この瞬間、開閉器(スイッチ)が急いで降ろされて、発射! 長さ約1.5 mのランチャーから水平に発射され、細い針金を貼った紙のスクリーンを次々と貫通して向こう側の砂場に突きささりました。

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ペンシルロケットの水平発射(高速度カメラ)


ペンシルが導線を切る時間差を電磁オッシログラフで計測しロケットの速度変化を知る。スクリーンを貫いた尾翼の方向からスピンを計る。こんな小さなロケットをいくつも飛ばして、高速度カメラの助けも借りて、速度・加速度、ロケットの重心や尾翼の形状による飛翔経路のずれなど、本格的な飛翔実験のための基本データを得たのでした。

半地下の壕での水平発射とはいえ、コンクリート塀の向こう側は満員の中央線です。塀の上に腰掛けている班員が、電車が近づくとストップをかけ、秒読みが中断されるのでした。微笑ましい雰囲気ですね。

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半地下壕での実験だった


直径1.8 cm、長さ23 cmのペンシルロケットの小さな機体には、その後の私たち日本人が抱く宇宙への憧れが凝縮してつまっていました。私自身はそのころ中学生でした。新聞に乗っているペンシルロケットの記事を読んだときの、周囲の大人のほのぼのとした希望に満ちた雰囲気を懐かしく思い出します。
posted by 事務局スタッフ at 21:40| ペンシルロケットと糸川英夫