2016年07月25日

国分寺インディ・ジョーンズ計画
ペンシルロケット実験場所の正確な位置がレーダー調査で明らかに

1955年4月、国分寺市(当時は国分寺町)において、日本初のロケット発射実験が糸川英夫博士らの研究グループによって行われました。実験に使われたロケットは全長23cmのペンシルロケットでした。ロケットの飛行性能や安定性を調べるため、ペンシルロケットは水平に発射されました。実験が行われた場所は新中央工業の工場跡地で、現在は早稲田実業学校のキャンパスになっています。

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ペンシルロケットの実験風景(画像提供:JAXA/ISAS)


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発射されたペンシルロケット(画像提供:JAXA/ISAS)


私は国分寺市市政戦略室の協力を得ながら、実験が行われた正確な位置を把握するための調査をしてきました。JAXA(宇宙航空研究開発機構)宇宙科学研究所に保管されていた実験現場の写真、国土地理院発行の当時の地図、米軍が撮影した航空写真などの解析により、現在、早稲田実業学校のテニスコートになっている場所で実験が行われたことがわかりました。この結果は2015年4月12日に国分寺市で開催された「ペンシルロケット発射60周年記念講演会」において発表しました。

ペンシルロケット発射実験が行われてからしばらくして、実験場所は新日本製鐵のグラウンドになり、さらに早稲田実業学校のグラウンドに改修されて現在に至っています。しかしながら、実験が行われた半地下式コンクリート構造物の地下部分は撤去されずに埋められているらしいことが、関係者の話からわかっていました。また、当時の航空写真の解析からも、その可能性が高いことがわかりました。したがって、テニスコートの地下には、ペンシルロケットの実験場所がまるで遺跡のように埋まっていることになります。

そこで、推定された場所の地下に、コンクリート構造物が本当に存在するかどうかを、遺跡調査などで使われる地中レーダーで調べることにしました。考古学の現場で実際に使われる手法を用いるため、この調査は「国分寺インディ・ジョーンズ計画」とよばれることになりました。

ペンシルロケット実験場所のレーダー調査は、早稲田大学文学部考古学コースの協力によって行われました。調査団(団長:近藤二郎文学学術院教授、担当:城倉正祥文学学術院准教授)は2016年2月7日に、MALA社製ProEXレーダー探査機材を用いた調査を実施しました。

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レーダー調査の準備


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調査に使われたレーダー


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レーダーでの調査風景


レーダー調査の結果、推定されていた実験場所とほぼ同じ位置の地下において、以下のような反応がみられました。
(1)深さ93〜123cmおよび171〜204cmのあたりに、東西方向に伸びる2本のトンネル状の反応がみられた(図1、図2)。これは、実験場所から西側に伸びていた2本のトンネルである可能性がある。

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図1:調査場所のレーダーの反応を示す平面図。深さ93〜123cm(上)および171〜204cm(下)での反応。
西(左)側に2本のトンネルとみられる反応みられる。


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図2:調査場所のレーダーの反応を示す断面図。トンネルらしい空洞がみえている。


(2)深さ219〜252cmおよび234〜264cmのあたりに、方形の反応が見られた。また、この方形の北側に突起が認められた。実験場所のコンクリート構造物の基礎である可能性が高い。(図3、図4)。

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図3:調査場所のレーダーの反応を示す平面図。深さ219〜252cm(上)および234〜264cm(下)での反応。
方形の反応がみられ、北側に突起がみられる。


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図4:調査場所のレーダーの反応を示す断面図。コンクリートの基礎部分とみられる反応がみえている。


(3)以上のレーダーの反応と、残されている実験場所の図面との整合性は高いようにみられる。

以上の調査結果をまとめた成果図が図5と図6です。

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図5:レーダー調査成果図(深さ171〜204cm)。背景はGoogle Map衛星写真。


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図6:レーダー調査成果図(深さ219〜252cm)。背景はGoogle Map衛星写真。


調査結果について、城倉准教授は考古学者の立場から、「あくまで学術的な解析にもとづく推測であり、実験場所の確定には、発掘などの物理的調査が必要」としています。

現場を掘ることができないため、今回の調査によって、実験場所の位置が最終的に確定されたわけではありませんが、方形の基礎、北側の出っ張り、2本のトンネルといったレーダーの反応からして、ここが実験場所であることは間違いないと考えられます。

私はこの調査結果を、2016年3月27日に国分寺市で行われた「ペンシルロケット発射60周年グランドフィナーレ特別講演会」で発表しました。将来、この場所の発掘確認作業が行われ、発見された遺構が、日本の宇宙開発がスタートした場所として保存されることを願っています。

日本宇宙フォーラム 主任研究員
寺門和夫



posted by 事務局スタッフ at 11:57| UNIVERSEニュース